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デジタル化以降の写真:成熟へ強迫観念と清家冨夫氏のDP2



保坂です。
いま 日本的想像力の未来〜クール・ジャパノロジーの可能性を読んでいる。
僕は自分の写真を、クールジャパン、の文脈で見てもらうことを期待している。
そのため、この様な本を意識的に読んでいるのだ。
そのクールジャパンとは、日本の未成熟言説から、という態度にやられてる。

その中で宮台真司氏の指摘する、江藤淳的な意識「『ここではないどこか』があり得ない以上、『ここ』を読み替えながら生きよう」(P100) に、ブリッツギャラリーでやっている清家冨夫氏のシグマDP2でのデジタル写真を見た。

清家さんのみならず某中藤さんも言ってた、好きな印画紙もフィルムもなくなるのだからデジタル写真、という態度に僕は反発を覚えた。
それを宮台氏はわかりやすく説明してくれた。

「ここではないどこかを探せ」から「ここを読み替えろ」への大転換は明らかに解放であり、なおかつ子どもっぽいロマン主義を卒業するという意味で成熟でした。(P100)

記号論的な読み替えによって戯れようというメッセージ、つまり「マジはやめて、シャレよう」という推奨が、解放を与えたのです。でも、記憶のない年少世代にとって「シャレ」だったはずのものは「オシャレ」へのオブセッションになってしまいました。(P101)

師匠をはじめ漂流者さんなど、清家さんのライカにエクタルアのようなDP2のインクジェットプリントを買っている人。
または某岩城さんのようにDP2を買った人。
Twitter界隈にはプリントの素晴らしさをたたえる人など、僕の周りに多い。
彼らには2通りいるのではないか、と宮台氏は指摘するのだ。

一つは、銀塩の記憶がある人。
もう一つ、僕のようにデジタルしか知らない人だ.
銀塩の記憶のある人は、清家さんの写真は銀塩からの解放にうつるだろう。
これは、銀塩というこだわりを断念する成熟、と言える。デジタルでも幸せになれるよって。
ところが、僕ら=多分、HDR写真界隈、は「こだわり無き後の成熟の強迫に脅かされる」世代なのだ。

#自分のポジションにクールジャパンを見た次第。

コメント
清家さんの展示をまだ見に行っていないし、宮台の本も読んでいないけど
銀塩から解放されていない作家さんのデジタル化に最近「?」が頭で点滅中。

>師匠をはじめ漂流者さんなど、清家さんのライカにエクタルアのようなDP2のインクジェットプリントを買っている人。

この人達も、銀塩からは解放されていないよね、デジタルに銀塩を求めているよね。解放されたく無いとも言えるかもしれない。
デジタルにデジタルを求めないと幸せにはなれないような気がするなぁ。
私は、デジタルに銀塩を求めるなら銀塩でやるべきだと思うのよね。感材があるとか無いとかいう問題は置いといて。と、思う今日このごろ。
  • さるぢえ
  • 2010/10/12 12:55 PM
保坂です。
名指しだから言いにくいけど、僕は清家さんのおかげで解放されている人が多いような気がする。
反対に、売らないという海外のギャラリーのこだわりが、窮屈そうに見える。
そのギャラリーこそ、デジタルに銀塩的な価値を要求している。

銀塩を求めて、銀塩をできる人は幸せだ。
銀塩を求めて、デジタルしかできない人はどうすればいいとおもう?
僕は銀塩=本物思考をズラす/逃げるべきだと思う。>さるじえさん

#っていうステートメント。
  • 保坂
  • 2010/10/12 3:53 PM
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